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元は中国から平安時代初期に伝来。三国時代の名医・華陀(かだ)の処方が死者(屠った人)も蘇ったことからこの名が付いたといわれる。本来は、山椒、防風(セリ科の多年草)、びゃくじゅつ(キク科オケラ属)、蜜柑の皮、肉桂(シナモン)、あずきなどを三角の紅絹(もみ)の袋(屠蘇散)に入れ煎じ、酒と合わせた混合酒。
屠蘇には七味、八味、九味などの種類があるが、サンショウ、ボウフウ、ニッケイ、キキョウなどは必ず入ることになっている。との説もある。
作り方は、屠蘇散を若水(元旦に初めてくむ水)に1時間ほど浸して引き上げ、屠蘇器に入れ、みりんを注ぐ(関西では日本酒)。好みでみりんと清酒を各半量ずつ注ぐこともある。
屠蘇器は屠蘇を飲む専用の酒器。現在では三つ重ね(“数の縁起かつぎ”を参照ください)の杯(さかずき)、ちょうし、杯台、盆などがセットになっている漆器が多い。蝶花形の屠蘇飾りを結んだ屠蘇器がフォーマルではあるが、ティーポットでも十分。 屠蘇散は調合して市販されている。
家族や雇用人の別なく一同に集まり、祝い膳に箸をつける前に若い者から杯をあげ無病息災を祈ることになっていた。この風習は大正ころまではかなり広く行われていたが、屠蘇は元来薬用の意味が強く、江戸後期から明治のころには、町医者がお歳暮として年末に患者に与えたものである。江戸の川柳に「飲み逃げをして薬種屋で屠蘇を買う」というのがある。医者への払いは年に2度で、そのうちの1回は年末であったが、これを支払いに行かなければ屠蘇がもらえない。そこで薬種屋で買うわけである。
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