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VIVOが結成された1年後、いわゆる60年代の経済高度成長時代が始まった。
当時、国土開発の基本概念を「ヒューマン・ネィチャー(自然人)」と定義していたが、高度成長の勢いはその基本概念を「人間の本能(欲望)」と解釈してしまった。その欲望開発論は国全体を檻とみなし一億総人口が欲望ダンスに興じるというかたちで展開されたのだった。
しかし、たんなる杞憂かもしれないがこの時代の本能的欲望、名誉・権力欲の社会的欲望などいわゆる欲望論としての国土開発は、人間の歴史性に根差したトータルな時間性ではなく、欲望という部分を異常に誇張した “断片的な時間” が強すぎたのではないか。つまりこの「ヒューマン・ネイチャー」の誤った定義は高度成長の宿縁によって、西欧に伝わる浮かれて騒ぐサバト“魔女の夜宴”にも似て、死の匂いとともに「田舎の迷信」になりつつあるのが現状だろう。
かつて「写真は真実である」とされてきた。しかし最近では「写真が真実であってほしいという“真実”そのものへのフェティシズム」へと写真の見方が変わってきている。
これは写真を独立した映像として自覚することによってもたらされる、写真の見方の新しい位相であり、映像表現としての写真の進歩を逆説的に物語っている現象ではないだろか。
本物が幻想と化し写真が本物(イメージ)になっても、映像のもつ特質上納得のいくことである。いわゆる前述のような“断片的な時間”は、経過とともに色褪せてくることにも明らかのように、「写真は真実である」ことに踊る時代は終わった。イメージとしての写真映像の時代が到来したのだ。
シラーのことばによれば「偉大な芸術家はわれわれに対象を示し(かれの表現は純粋客観性をもつ)、凡庸の芸術家は自己自身を示し(彼の表現は主観性をもつ)、劣等なる芸術家は素材を示す(彼の表現は媒介物の自然および芸術家の分限によって規定せられる)」。
60年以降、いっきに映像の戦国時代に突入したが、交戦の勢いは鎮まりつつある。振り返ってみれば、ただ自然や風土、歴史から切断され背後を失ってただ「表面」と化した表現の多くに囲まれて生きてきたことにもなろうか。
そればかりではない、日常に蔓延するさまざまな倒錯現象や閉鎖的な日常感覚に一面で身を浸しているために、現実生活でのあらたな発見が映像に生かすこともできないばかりか、映像を見る側もデラシネのごとき映像から自分に生かす何ものも得られないのである。そのために映像の氾濫が映像そのものを薄手なものにしてしまったことも事実ではないだろうか。
こうした状況がつづくうちは「映像の提示する“現実”像が、しばしば“現実”にたいするわれわれの主観的イメージに衝撃を与える」ことや、「新しい認識を迫られる」という映像のもつ力動性が表面化されないばかりか、我々の胸中には慢性の映像不感症という現代病が巣食うのは当然のなりゆきであろう。
VIVOが結成された時代とはまた違った問題をふくんでの昨今の写真ではあるが、戦火で汚れた映像としての写真をさらに自立、成熟させていくには、映像表現の現場作業に立つことは当然としても、表現者のよってたつ“日常”を見つめ直す作業も必要になってくるであろう。なぜならば、映像に“死の仮面” を添えたのはとりもなおさず我々自身の日常にも一因があるからである。
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